ドイツのピアノ教育見聞録

ピアノのレッスンを通して覗いたドイツ事情と試行錯誤の日々の記録。

発表会

クリスマス発表会の日程が決まり、会場の予約も取れた。

音楽学校では、私は毎年一年に2回発表会を企画開催する。

クリスマス直前と夏休み前だ。

万霊節のお休みが終わった頃からクリスマスまでの6週間、低学年の生徒たちは毎年ひたすらクリスマスの歌を弾きたがる。

ドイツの伝統的なクリスマスのメロディから知らない人を捜すのに苦労しそうなジングルベルまで、宗教や人種の違いを乗り越えて、子供たちはみんな面白いほど一生懸命だ。

少しは世界平和に貢献してるかしらん?

さて、今回の会場は市立博物館内のバロック様式の広間だ。

少しアンティークにも見えるグランドピアノが設置されている。

クリスマスにはピッタリの雰囲気。

音楽学校を通してホールを予約し、会場設営に出向く必要はない。

日本では、発表会用に会費がかかると聞いた。

具体的に、何にお金が必要なのだろうか?

今度、日本で同業の友人に聞いてみようと思った。

新五年生

ギムナジウムでは、最初の実技試験が終わった。

新入五年生は、初めての実技試験で成績をもらったことになる。

ところで、新入五年生は本当に楽器初心者なのだろうか?

現実には様々なレベルの五年生がやって来る。

既に何年間か楽器のレッスンを受けている子もいれば、音楽系ギムナジウムに進学するので数ヶ月前からレッスンを始めたという子もいる。

そして、学校のレッスンで初めて楽器に触れるのだという子、つまり全くの初心者も沢山いる。


入学前に楽器の経験がある方がいいのか、それとも本当に初心者でもいいのだろうか、という質問をよく受ける。

少なくとも時間に余裕のある小学生のうちに練習する習慣が身についているというのは非常に良いことだ。

それに加えて、自分が本当にその楽器が好きでなおかつその楽器に向いていることを確認しておくのは大事なポイントだ。

ギムナジウムでフルートを選択したけれど、その生徒にはフルートは全く向いていないということが半年後に分かったということもあった。

何しろその子がフルートを吹いても吹いても音がほとんど出なかったのだ。

そこで慌ててピアノに変更したというケースもあった。

本来ならこのような変更は認められていないが、その子の場合は特例が認められるほど絶望的だったらしい。

こういうのは精神衛生上、できれば避けたいパターンだ。


ところで、五年生が初心者でない場合、自分は楽に課題がこなせるから練習しなくてもいいやと、すっかり怠け者になるケースが実は決して少なくない。

反対に、初心者の自分は頑張ってついていかなければと奮起してどんどん伸びていき、気がついたら怠け者の同級生を追い越していたというケースも結構ある。

要は、自分が本当に毎日練習できるほどその楽器を好きかどうかにかかっている。

毎日英語やラテン語の語彙を復習するのと同じ感覚だ。

そして、ギムナジウムのレッスンは、音楽学校のレッスンとは違って、一人一人のペースに合わせたものではないので、才能とやる気の有無にかかわらず、一定期間中に一定の成果を修める必要がある。

そのためにはやはり毎日練習するしか道はないようだ。


そんな様々なレベルの五年生が一時限当たり二人から三人のグループに振り分けられて、ギムナジウムでのレッスンがスタートする。




締め切り直前

ドイツ青少年音楽コンクールJugend Musiziert 地区予選の締め切りが11月15日に迫ってきた。

今日は今年度最初の音楽学校Musikschule のコンサートの日だ。

クラシックのプログラムだけを集めた、毎年恒例のイベントだ。

コンクール参加希望者は、このコンサートでまず腕試しをする。

今年度のソロ部門は弦楽器だ。

ヴァイオリン、チェロのソロプログラムが並んでいる。

ピアノは今年は管楽器とのデュオ部門参加が可能だ。

まだまだ出来上がりには程遠い状態だけれど、みんなそれなりに気合が入っている。

彼らは先々週の万霊節のお休みも返上でリハーサルに余念がない。

指導する先生方も大変だ。

しかし、コンクール参加希望しながらも、今日のコンサートには間に合わず、出演を見送った生徒たちもいる。

マイペースな生徒だと、先生の方がやきもきしたり、生徒の個性は本当に豊かすぎる時がある。

日本でその当時、発表会というとほとんどがソロのプログラムだった様な気がするが、ここでは室内楽のプログラムがとても多い。

今日もギター4重奏、ピアノ5重奏、管楽五重奏など、アンサンブルが目白押しだ。

コンクールとは関係なく、伸び伸びと演奏を楽しんでいるグループもあれば、満足行かなくて泣いちゃったりと、悲喜交々。

みんな自分の目標に向かって頑張れ〜!


水晶の夜

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今から80年前、1938年11月9日夜から10日未明にかけて、水晶の夜Kristallnacht と呼ばれる反ユダヤ主義暴動がドイツ各地で発生した。

ユダヤ人居住区や商店、シナゴーグなどが破壊された時に飛び散ったガラスが水晶の様にきらめいたことからこの事件は水晶の夜と呼ばれている。

この事件はスピルバーグ監督の映画「シンドラーのリスト」でも有名だ。


先日の演奏会「Verfolgte Musik 迫害された音楽」の後、今日はここへ来ると決めていた。

私の住む街の旧市街の一角にある建物には、次のように記されたプレートが掲げられている。


1907-1938 シナゴーグ

1938 水晶の夜に破壊される

1946 再建

1952 移転


今日は辺りが暗くなる頃から、どこからともなくそこに人が集まってきて、花とろうそくが飾られた。

100人くらい集まったところで、慰霊祭の様なものが執り行われていた。

この街のユダヤ系住民なのだろうか?

若い十代と思しき男の子もスピーチしている。

そこに佇む人々は皆、特別な格好をしているわけではないので、知らなければ何の人だかりなのかわからない。

普段何気なく通り過ぎていくこの場所が、今この瞬間は歴史の証人として、忘れてはならない風景を私たち一人一人の心の中に映しだす。


余談になるが、この建物の上記と同じプレートには、ここには1782-1785年にイルミナーティの集会場があったとも記されている。






スクールカラー

ギムナジウムで10年間ずっと一緒に働いてきたCさんに、お茶に呼ばれた。

彼女は音楽科の教員であり、ピアノの教員を統括する立場にもいる人だ。

ドイツのギムナジウムには入学定員数というものがない。

わたしの住む街にはギムナジウムが5校ある。各ギムナジウムの校長は、毎年行われる保護者向け合同説明会で、各々の学校のPRを行う。

その後学校ごとにオープンスクールが行われ、入学希望者は定められた期間内に希望のギムナジウムに入学申し込みをする。

そして全員が9月から自分の希望するギムナジウムに通学することになる。

つまり、評判の良い学校には生徒が大勢集まり、そうでない学校には入学希望者が少ししかいないという厳然たる事実を情け容赦なく目の当たりにするわけだ。

ギムナジウムの校長の権限は強大であると同時に責任も重大だ。

校長は学校の特色を地域にアピールするためにあらゆる策を練り、学校の成果を上げていかないと、学校経営に大きな支障を来すことになる。

ギムナジウムは公立学校なのに、まるで日本の私立みたいだなという感想を抱いた私。

(日本の学校関係の方、間違っていたらごめんなさい。)

ともあれ、音楽系と銘打った学校では、音楽科教員の仕事が学校経営に大きな役割を担う事は想像に難くない。

Cさんは、新入生5年生全員をコーラス、オーケストラ、演劇、ダンスの4つのグループに分け、それぞれのグループを直接指導する先生たちと連携して、年度末にはミュージカル上演に持っていく。

5年生だけでこれだけのプロジェクト。

しかもこれはクラブ活動ではない、れっきとした授業の中で成される活動であり、生徒たちは当然成績をつけられる。

音楽なんかにかまけていると数学や英語の成績が落ちるわよ〜という概念は大間違いだ。

この学校からは、アビトゥアの音楽で高得点を修め、大学では医学部に進学するという生徒がザラにいる。

(ちなみに、音楽に秀でている生徒は他の科目の成績も良いというのは、音楽学校で教えている経験からも実感できるのだが、この話はまた別の機会に。)

音楽科の専任教員だけでも7人いるのが音楽系ギムナジウムだ。

Cさん以外の先生のプロジェクトも合わせると、スクールカラーは強烈だ。


ところで、ドイツ人にお茶に呼ばれた場合だが、ドイツ語ではコーヒーを飲みに来ない?という表現をする。

お茶を希望しても構わない。

外せないのが、ケーキだ。

お宅に呼ばれた場合には、必ずといっていいほど複数種類のケーキが準備されている。

それは何を意味するかというと、ケーキのお代わりだ。

日本のミニサイズではなく、どーんとした大きなケーキを最低2つ食べるのがほとんど礼儀だ。

夕飯はいらない。

カフェテリアで一休み

今日は大学に出勤だ。

大学には万霊節のお休みがない。

大学生4人のレッスンのため、早起きする。

私が教えているのはLehramt教員養成課程音楽専攻の学生だ。

皆将来小学校又は義務教育中学校の教員になることを希望している。

ここの大学は小規模ながらもいろいろな学部があり、経営経済学部などはドイツ全国のトップクラスにランキングされている。

彼らは大学入学資格Abitur アビトゥアを有し、更に音楽の適正試験に合格して初めて入学が許可される。

適正試験は二日間に渡り、自分の専攻楽器の演奏、声楽と聴音、筆記による音楽理論、その他に受験生だけを集めたその場でアンサンブル能力が試される。

お互い合否がわからないまま一緒に演奏するというのも結構すごい状況かもしれない。

ちなみに、演奏家又はギムナジウムの音楽教員を目指す場合は音楽大学を受験する。

世界中から入学希望者が殺到するドイツの音楽大学は狭き門だ。

一度の受験で合格できる学生はかなり運が良いか、よほどの実力者だ。

さて、今冬学期が始まってまだ2回目のレッスン。

レッスン形態は個人レッスンで1人45分だ。

彼らは来学期の重要な試験に向けてプログラムの選定に余念がない。

演奏時間は20分、プログラム構成にはバロック、クラシック、ロマン派、近現代の中から3つの異なる様式の作品が必須だ。

一人一人個性的なプログラムが出来上がりそう。

大学のカフェテリアでコーヒーを飲んでいる私の目の前で、職員と思しきおじさんが早めのお昼を食べている。

サンドイッチとサラダに、ビール。

Guten Appetit!



秋の夜長

秋。

食欲の秋。

リンゴの皮はもう嫌というほど剥いた。

だから芸術の秋。

昨夜は同僚でコメディ女優Mさんの一人芝居を観に行ってきた。

昨年だったか、私の演奏会でプーランク作曲ピアノ連弾とナレーターのための「仔象ババールのお話」を上演した時、ナレーターを務めてくれたのが彼女だ。

実は、ドイツでドイツ語によるお芝居を観たのはこれが初めてだ。

昔、ミュンヘンでイッセー尾形の一人芝居を観た時のことを思い出した。

あの時は日本語で、ドイツ語の字幕付き上演だった。

ドイツ人のお客さんが大笑いしていたのを思い出す。

今回日本語の字幕は無い。

さて市内の小劇場に到着した。

20:30開演だが、お客さんはもうすでに集まっていて、ビールやワイン片手に和やかな雰囲気だ。

そういえば、ジャズのコンサートでは会場のバーで買った飲み物を席に持ち込んで一杯やりながら鑑賞できるのだ。

演劇もそうなのかな?

私もとりあえず飲み物をゲットする。

この時点から脱日常の始まりだ。

ちなみにクラシックコンサートでは、開演前と休憩中に飲み物やちょっとしたおつまみを楽しめるが、席への持ち込みはできない。

開演15分前、いよいよ着席。

あたりを見回すが、外国人らしい容貌の観客は私と友人の2人のみだ。

20分の休憩を挟んで、終演22:30。

その間1人で満員の観客の視線を釘付けにする女優のオーラに感心感嘆‼︎

どこまでドイツ語で内容を理解できるかちょっぴり不安だったが、知り合いが演技しているという親近感も手伝ってか、笑いのツボでケラケラと笑い転げるおばちゃんたちの隣でクスクスくらいは笑えたような気がする。

私が住んでいる街は中都市程度の大きさで、ミュンヘンのように文化事業に多大な経費をかけることはない。

残念。

しかしそれでも街には大中小3つの劇場があり、それぞれ独自のプログラムが組まれ、毎日でも観劇に出かけることができる。

それに加えてこれから1ヶ月以上にわたってジャズフェスティバルが開催され、街中あちらこちらでジャズライブが楽しめる。

数年前は日本人ジャズピアニストのHiromi もやって来た。

11月は一年のうちで最も気の滅入る時期なのだが、秋の夜長を楽しむには充分な催し物が開催される。

もちろんクラシックコンサートも一年を通じて企画されている。

平日仕事の後も週末の夜も、今年はどのチケットを買おうか頭を悩ませる人は少なくない。

文化のないところに人は集まらないというわけだ。

終演後、カフェバーでワインを一杯楽しんだ。